石と誰かの物語12*「クリスマスのヒーロー」


 今日から息子と二人でテーマパークに行く。

 悲しいかな、東京ではない。じゃ、大阪か。いや、違う。じゃ、九州か。

 ははは、四国にもあったのね。あったのよ。

 小さなブティック勤めの私には東京に行く旅費もない。高知からどれだけかかると思う?給料の半分よ。半分。でも、冬休みなのにどこも連れて行かないのはあまりにかわいそう。夏休みは海という手もあったけど、冬は海では喜ばない。どこかの首相は景気は右肩上がりというけれど、それはどこの国の話? 少なくとも四国ではない。四国は日本でなかったのかも。

 

「ママ、ドナルドに会える?」

 

「うーん、親戚には会える。確か似たようなキャラクターが」

 

「ミッキーは?」

 

「これも親戚がいるかも」

 

「ふーん」

 

 息子はさっきから嬉しそうにクリスマスソングを歌ってる。そうよ、カーステレオから流れるのはクリスマスソングメドレー。四歳の息子には随分と我慢させている。居残り保育だって誰よりも多い。離婚して三年。元夫は酒癖が悪く、飲むと酒に飲まれてしまう人だった。学生のころはなかったが、会社に入ると面白くないことが増えていったのか、飲むと荒れてやがて暴力をふるうようになった。子どもに危害を及ぼしそうになりついに離婚。でも彼を支える人はすぐに現れたようで再婚して東北に行ったと聞いたのは先月の話。養育費や慰謝料はない。とにかく早く別れたかったから。

 離婚当初は父と母がいたが、去年、大阪に住む兄夫婦に双子が生まれて、どうにもならないと助っ人の要請が来て同居するようになった。残された古い家は私に残してくれたからどうにか暮らせている。母の手が借りられなくなって何倍も忙しくなった。母にどれほど助けてもらっていたのか痛感した。食事から寝るまで息子は母に育てられていたのだ。一年経ってようやく一人でどう動けばいいかわかるようになった。

 もちろん、息子に我慢させることになったのだが・・・。

 

「ママ、おばあちゃんが送ってくれたCDはいいねえ」

 

「本当ね、どの曲も楽しいね」

 

 そう、このクリスマスソングは母の贈り物だ。音楽が好きな息子にいろいろと考えて送ってくれたのだ。

 

「あわてん坊のサンタクロースは僕のところにも来るかなあ」

 

「もちろんよ。しんちゃんのところにも来るわよ」

 

「煙突ないよ」

 

「大丈夫、煙突なくても来てくれるわ」

 

「ねえ、サンタさんは僕の欲しいもの分かるの?」

 

「え? どうかしら。何がほしいの?」

 

「おばあちゃんのところに行く飛行機」

 

「そ、それはどうかなあ。サンタさんの袋にあの飛行機は入らないと思うよ」

 

「じゃ、双子の弟」

 

「そ、それは無理よね」

 

「だって赤ちゃんは小さいから袋に入るよ」

 

「寒いし、風邪ひくじゃない。北の国から来るし。あの戦うヒーローのおもちゃは?」

 

「いらない。僕がなるし」

 

「あ、そう。ヒーローになるの」

 

 クリスマスまでまだ日があるけど、なかなか難しいわね。

 サンタクロースにお願いがある。子どもだけでなくて、ママにも来てほしい。そっと財布に札束を入れてくれるとか。朝起きたら執事がいるとか。

 そんなことを考えながら運転していたら小さな道で対向車。強気で進んでくる。私にバックしろっというのね。バックしたら、ガタン。あ、側溝に落ちた。脱輪。

 すると、対向車はすーっと横をすり抜けて黙って行ってしまった。なんてこと。 あわててカードを出して車のサービス会社に電話。この日のためにお金を払ってきた。十年払ってやっと初めて使う。

 

「車を出してくれるの?」

 

「うん、三十分待ったら来てくれるって」

 

「ふーん、ヒーローが来るんだね」

 

「まあね、地味な格好だけど」

 

「え? 赤いのや青いの着てないの?」

 

「そうよ。でもすごいの機械を簡単に使うの」

 

「へえ」

 

 子どもっていいわあ。こういう時にも夢があふれるのね。いい子に育ってるじゃん。しんちゃん。ときどきおもらしするぐらい許すわ。

 

「お待たせしました」

 

「あ、どうもすみません」

 

 テキパキと動く彼。なんと簡単にジャッキを使いだしてくれた。私が手伝おうとすると、危ないからと手伝わさせない。しんちゃんは目を輝かせている。以前、夫が脱輪した時は私が車から降りて板を探してもぐりこんだものだが、彼は運転席から指示するだけだった。なぜ私がと思ったが、機嫌が悪くなるのは目に見えていたから言われるままに。車も押した。

 今、このヒーローは一人でさっさと脱輪から救ってくれた。

 

「本当にありがとうございます」

 

「ねえねえ、ここにサインして」 息子はリュックから小さなメモ帳を出してペンを渡している。

 

「あの、サインはお母さんがこの書類に」

 

「ママじゃなくてヒーローがここにサインして」

 

「あ、そうですか」

 

  慌てて小声で訳を話す私。

 
「すみません、ヒーローが来て直してくれると言ったから」

 

「あ、そうですか」

 

 途端にノリがいい彼はヒーローのように動いた。

 

「よーし、ここに特別にサインしてあげよう」

 

 書いたのはヒーロー斉田と書いている。斉田さんっていうのね。

 

「ありがとうございます」

 

「地球に来た証拠にお母さんがここにサインしてください」

 

「はい。次はどこに助けに行くの?」

 

 ふざけて言うと、斉田さんはにこっと笑った。

 

「はい、次はおじいさんがパンクして困っているから助けに行きます」

 

 そう聞くと目がキラキラした息子は握手までしてもらった。

 

「頑張ってください」

 

「はい」

 

 なんだかとっても幸せな気分。本当にヒーローに会ったみたい。脱輪してへこんだ気分がこんなにも爽やかになるとは驚いた。それからテーマパークに着くまで息子は興奮してしゃべり続けた。

 四時間たっぷり遊んで、帰りはゆっくりと安全運転で帰った。帰り道に小さな喫茶店で素敵なブルーの石を見つけた。オーナーが手作りでアクセサリーを売っているという。どれも素敵。

 

「素敵ですね、これください」

 

「ママ、何を買うの?」

 

「この石のペンダント」

 

「ママきれいだねえ」

 

「しんちゃん、いい子ねえ」

 

 思わず頭をなでる。

 

「これはラブラドライトです」

 

「へえ、きれいな石」

 

「再会の石ともいわれるんですよ」

 

「ママ、買って。そうしたらあのヒーローにまた会えるよ」

 

 それはどうでしょう。あのヒーローは私が車でピンチにならないと現れないわ。どちらかというと会いたくないわね。

 二人でケーキセットを食べながら私はペンダントを胸に飾った。

 

 

 

 あの日から一年。

 息子は年中組になった。相変わらずヒーローに夢中だ。

 

「ママ、僕ね、新しい友だちができた」

 

「そう、お名前はなんていうの」

 

「涼ちゃんだよ。足が速くてね、かけっこ一番なの」

 

 そうか、しんちゃんはその次なのね。

 クリスマスには保育園の発表会。息子たちは戦隊ヒーローのダンスがあるらしい。レッドの衣装を着けるのは涼ちゃんで、うちはグリーンだって。

 いそいそ出かけると戦隊ヒーローになりきったグリーンのしんちゃんが来た。

 

「ママ、かっこいいでしょ」

 

「本当ね。私の息子じゃないみたい」

 

「ママ、あの子が涼ちゃん」

 

 指差した先には赤いヒーローが。パパと手をつないでいる。息子は急に騒ぎ出した。

 

「ママ、あのパパ、ヒーローだよ、車の時の」

 

「え? 誰」 

 

 斉田涼介のパパがあの脱輪から救ってくれたのだった。斉田さんも息子が興奮して話すから思い出したようだった。

 

「ああ、あの時のサインしたのが君か。しんちゃんか」

 

「そうだよ、涼ちゃん、君のパパすごいねえ」

 

 もう涼ちゃんも鼻が高くて嬉しくて興奮吟味。

 

「パパが救ったの? すごいねえ、レッドのパパもやっぱりヒーローだよ」

 

 聞けば、涼ちゃんのママは子どもを好きになれず、育児拒否とかで生後半年で家を出て行ったそうだ。斉田さんは困って実家に戻ってきたという。それぞれ、親がいないとどうにもならなかったという話に意気投合した。今年から母親が体を壊したので、保育園の送り迎えができないということで勤め先近くの保育園に変えたそうだ。

 

「クリスマス、うちで二人ではつまんないよ。涼ちゃんたちもうちにおいでよ」

 

「そうね、チキンは買ってるし。手巻き寿司でもいいですか?」

 

「いやいや、そんなご迷惑は」

 

「パパ、行こうよ。しんちゃんのうち」

 

「そうですよ、遠慮なさらず」

 

 四人で過ごすクリスマス。なぜかものすごく楽しかった。子どもたちが仲がいいのはもちろんだが、斉田さんもとても感じよくって、離婚以来こんなに楽しいクリスマスは初めてだった。

 二人を送ると、玄関に飾っている鏡に映る私。胸にあのラブラドライト。

 そう、再会の石っていったっけ。思わず握りしめた。

 

 それからは冬休みになると、四人で出かけたあのテーマパーク。

 

 今日は結婚二年目のクリスマス。

 

「あの脱輪はいい思い出だわ」

 

「そうだね」

 

「来年は五人家族になると思ってたら六人になるらしいわ」

 

「え? 」

 

「はい、戦隊ヒーローも五色じゃ足りないわ」

 

「じゃ、ゴールドは君だね」

 
 しんちゃん、あの時の願い事、もう一つ達成できそうよ。

 

 

 

 作:河 美子  

 

 

 

 

石と誰かの物語、11話の感想を募集します(終了)ご感想ありがとうございました

見事なほど日常生活を疾走しております。

なかなかブログを更新できずにおり、恐縮です。

そんな中、

石と誰かの物語ファンの皆様、おまたせしました!

今の季節だからこそお読みいただきたい、最新エピソードが公開されています。

 

今回も感想を募集させていただきたいと思います。

 

今回は感想をいただいた方の中から抽選で1名の方に

ナチュラルロックシリーズよりアイオライトシルバーチェーンネックレスをプレゼントさせていただきます。

Instagramにコメントでも、こちらにコメントでも結構です。(と申しながらいただいたブログコメントなかなか気付かずいて失礼いたしました)

 

季節の変わり目は体調が変わりやすい時期。

皆様もどうかお身体ご自愛くださいませ。

 

ご感想楽しみにお待ちしております。

 

Pensées店主

 

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プレゼント解説

<ナチュラルロックなアイオライトネックレス>

一連のアイオライトの石読み:

宇宙の叡智。

 

壮大な宇宙の力と地球の叡智を感じます。
様々な場面において知恵を与えてくれます。
 

 

このアイオライトだけの石読み:

澄んだ海の神秘的な世界。
とても理性的で頭脳明晰なイメージです。
魔を切る力が強く、浄化力にも優れています。
何となく不安な時にこの子を着けてみてください。
きっと安心して人生の波に向かって行けるでしょう。

アイオライトの一般的な特徴:

ビジョンの石と呼ばれ、

目標に向かって正しい方向への前進を促す。

人生の進むべき道に迷った時、正しい判断を導く。

体脂肪を減らし、ダイエットの助けとなる。

 

石と誰かの物語11*「サファイヤのつぶやき」河 美子 作

 

 まだ荷物を整理する気になれない。
 妻が消えたあの日から二か月。
 私の定年を祝った二日後のことだった。

「あなた、折角定年になったのだから旅行でもしましょうよ」


「そうだな、北海道でも行くか」


「ハワイにしたいわ」


「パスポートもないが」


「いいじゃないの。年金生活になる前に一度だけ行きましょうよ」


「わかった。ちょっと旅行のチラシでも見てみるか」


「今はネットよ。任せて」


 妻は共稼ぎだったが、私より二歳下だから二年前に退職していた。これといって得意なことがある妻ではなかったが家の中が明るいことには感謝していた。話好きで飲むことが好きで、友だちも多く、私よりずっと社交的だった。会社で嫌なことがあっても家に帰ると忘れるほどだった。
 二人の子どもにも恵まれ、今は県外で所帯も持ち孫も生まれた。
 大金はないが、そこそこ恵まれた生活だったと今になって思う。
 そんなハワイ旅行を計画していた頃、二階のパソコンルームで大きな音がした。私は別に気にしなかった。いつもつまずいたり、物を落としたり、にぎやかな妻だったから。
 ピンポーン。
 また、宅配でも来たのか。玄関のチャイムが鳴る。私が受け取る前に見られては困るのか、いつも駆け足で玄関にやって来る妻が来ない。仕方なしに代わりに受け取る。やたらと重い。宅配業者も苦笑いするほどだ。


「おーい、母さん。ダンベルでも買ったのか、すごい重さだぞ」


 返事がない。
 部屋を閉め切っているのか。階段を上がる。
 そこに飛び込んできたのは妻の足。転んだのか。声を掛けるが妻は眠っているかのようで倒れている。どうやって救急車を呼んだのか覚えていない。息子たちにケータイで知らせたのも覚えていない。パソコンの画面は熟年ハワイ旅行。
 心停止になっている妻の体に救命士が覆いかぶさるかのようにマッサージをし、さらに電気ショックを与えるが、妻の体はぐったりとして反応がない。


「起きろよ、しっかりしろ」


 叫ぶ私の声はやがて泣き声に代わった。
 息子たちが駆け付けた時には、白い布が顔にかけてある。長男は妻の体を揺さぶり、二男は入り口から足がすくんで入れなくなっていた。孫を抱いた嫁たちは泣き、口々に「母さん」と呼びかける。
 定年を祝ったパーティーを家族でしたばかりだったから、誰も信じられなかった。この私でさえも。
 突然の心筋梗塞。具合が悪いなんて話は聞いたこともなかったのに。加奈、ひどいよ。仕事もなくなっている今、どうやって暮らしていこう。
 息子たちは一人になった私を心配して家に来いよと言ってくれたが、息子たちにもそれぞれ生活があるのだからここで甘えるわけにもいかない。しかも私はまだ六十五歳、老いるってほどではないよ。家族葬とはいっても、妻も働いていたからたくさんの弔問客が訪れた。みんなの泣く姿に、彼女が愛されていたことに感謝した。私が死んでもこれほど悲しんでくれる人はそういないと思う。


「片付けはゆっくりするから、お前たちは帰りなさい。仕事もあるし」


 息子たちには母の形見は夏休みにでも来てから探しなさいと話した。

 単身赴任もしたことがある私は、食事の支度もそう苦ではない。家事もそこそこできる。だが、広い家でもないのに、妻がいないとこんなにも広いのかと感じるほど空間ばかりで空しい。妻がぶら下げたままの上着。化粧台には使った口紅、コンパクトがある。小引き出しには通帳や保険証書。そんな中に小さな箱があった。開けると、懐かしい婚約指輪。金がなくって指輪も虫眼鏡がいるほど小さなサファイヤ。それでも妻は喜んでいた。銀婚式に改めてもう少し大きい指輪を買ったが、彼女はこの婚約指輪を気に入っているとよくはめていた。
 そんなことをふと思い出したら涙がこぼれて、いつの間にか声をあげて泣いてしまった。澄ました顔の遺影ではなく、彼女の写真がケータイにいっぱい残っていた。孫を抱く姿、ふざけて私に抱きついたり、息子たちにはさまれて喜んでいる顔。


「加奈、戻ってこいよ」


 涙は枯れることがないのか、私はしつこく泣いた。息子たちに見られることもないと思えばいつまでも泣けた。嫁さんたちにも知られない。
 言葉にしないで何十年。


「愛しているよ」


 本当に愛していたんだ。君無しでは生きていけない。ふざけて言うだけだった『愛してる』の言葉。名前を呼ばずになってもう三十年以上。母さんじゃないわと言った日もあったが、君も私を父さんと呼んでいたよ。


「山下加奈さん、もう一度生まれ変わったら、一緒になってくれよ」


 遺影がふと笑った気がした。

 それにしてもあのダンボールの箱、開けて見た。
 やっぱりダンベル。
 私にもと手首や足首につける一キロの重り。二人で八キロ。重いはずだ。検診も必ず受けていた君にこんな早い死は似合わないよ。
 窓を開けると、君が植えたパンジーが咲いている。


「くそ、また涙が出てきた」


 指輪をダンベルの上に置くと、お供え物のまんじゅうを頬張った。

「お前の好きな栗饅頭だぞ、一人で食べちゃうぞ」


 「お父さん、残しておいて、私の栗饅頭」

 

作:河 美子

 

 

 

 

 

注:写真の指輪はイメージです。

石はサファイヤではなく、ラブラドライトです。

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