石と誰かの物語3*「これはジョーカーだよ」河 美子:作

 

   背中がまあるくなっちゃった。

 

 今日はいいことなかったもん。

 僕だってかけっこもうちょっと速くなれるさ。

 美香先生が手を振って足をもっと上げてごらんって言ったもん。

 だから、やったのさ。

 こうやって手を元気よく振ったら、大好きな美香先生の鼻にゴツンって。

 

「あいたーっ!」

 

 先生が倒れて顔がさーっと青くなったよ。鼻血も出た!!

 みんなが走ってきて大騒ぎさ。

 

「はるくんが殴った!」

 

「先生を殴った!」

 

「先生が血だらけだ!」

 

 あっという間に僕はひどい犯人になっちゃった。

 大きな武志先生が駆け寄って来た。

 さっと美香先生を抱き上げて保健室に運んだんだ。

 

「はるくん、ちょっと来なさい!」

 

 武志先生は僕を呼んだ。僕はさっきからずっと足が震えて歩けないよ。涙だって出ないよ。驚きすぎてしまったんだ。

 

「早く呼んでるよ」

 

「先生、はるくんが行かないよ」

 

 違うんだよ、動けないんだよって言いたいのに、のどがカラカラで声が出ない。

 キリン組のみんなが僕を囲んだよ。武志先生がこっちを見てる。倒れそうだよ、僕も。美香先生が武志先生に話してる。

 早く美香先生にも謝らなきゃ。

 

 僕、逃げた。

 園庭を走り抜けた。

 

「ごめんなさい」

 

 聞こえない声で僕は泣きながら言ったよ。

 何回も何回も。

 

「ごめんなさい」

 

 公園の角まで来たら、家にも帰れないって思ったよ。

 美香先生の鼻を殴って倒しちゃったなんて知れたら、パパもママもどんなに怒るだろう。サンタにもらった列車も返すことになるかもしれない。

 ポケットに入ってるのは小さな水晶。

 いとこの3年生の聖也君がくれたんだ。

 

「これは魔法使いがよく使う水晶さ」

 

「へえーっ、すごいねえ」

 

「はるくんにやるよ」

 

「本当にいいの?」

 

「ああ、僕はこの前クリスマススノーっていうでっかいのをもらったから」

 

「あ、あの雪が降るやつ? あれも水晶なの?」

 

「ああ、きっと親戚さ。だからこの小さいのははるくんにやる。おばあちゃんがこれを持ってたらなんかよくわからないけどじょうかするんだって言ってた」

 

「ふーん、じょうかー、ばば抜きみたいなもんかな」

 

 僕はこの透明な石をしっかりと握ったよ。

 

 握りながら歩いていたら美香先生と武志先生が先回りしていた。

 

「はるくん」

 

 美香先生はもう鼻血が出ていなかった。

 

「先生が教えたんだもんね、手を振るって。はるくん、びっくりしたんだよね」

 

「ぼ、僕は殴ってないもん。当たったんだもん、でも、ごめん、ごめんなさい」

 

 声を上げて泣いたら、なんでか美香先生も泣いていた。

 やっぱり痛かったのかな。本当にごめんなさい。

 

「話を聞いて僕も謝らないとな、ごめんな、はるくん。勝手に叩いたと思ってしまって」

 

 武志先生が僕に頭を下げながら言ったよ。

 

「あああああーん、本当にごめんなさーい」

 

 ますます泣けてきちゃった。

 

「さあ、園に帰ろう。何を握ってるの?」

 

 美香先生に言われて思い出した。

 

「あら、水晶ね」

 

「うん、いとこにもらったの。ジョーカーするんだって」

 

 すると、武志先生がこう言ったよ。

 

「ジョーカーじゃなくて、浄化するんだよ。心がきれいになるんだよ」

 

「そっか、だからはるくん、しっかり謝れたんだね」

 

 美香先生と武志先生が褒めてくれたよ。

 僕にこの石くれたから、聖也君大丈夫かなあ。

 

 昨日、叱られてたよ。

 

 

 

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